クライミングのリスクと確率

なぜ2箇所以上から支点を取るのか、本チャンで落ちてはいけないか等、クライミングのリスクを確率の視点から考察してみた。

1年間で交通事故に遭う確率は、年間の交通事故死傷者数と日本の総人口から計算すると、約0.9%、100年で1回の交通事故に遭うことになる。

1回の登山で山岳事故に遭う確率は、登山者数と登山回数と事故発生件数から計算すると、約0.03%、つまり10000回の登山で3回の事故に遭うことになる。
アクティブな登山者が週1回登山するとして、1年間の登山で事故にあう確率は約1.5%。

登山をしなくても年間0.9%の確率で交通事故に遭うのだから、クライミングでも同程度の事故確率であればリスクを許容できると考える。つまり1回のクライミングの事故率を0.02%(5000回に1回)程度に抑えられればよい。この確率であれば、一生登り続けても山岳事故が1度あるかないかになる。

以下、確率は計算がしやすいようにおおまかな値を仮定して話を進めるので正確な確率ではないため、おおよその値と思って読み取っていただきたい。実際の確率は多数の要素が複雑に絡み事故の要因も様々だが、ここでは説明をわかりやすくするため事象を限定して計算を単純化する。

終了点が抜けて事故になる確率

ハーケン1箇所で確保していて落ちたとき、ハーケンが抜ける確率を1/10(10%)とする。

終了点を2箇所のハーケンで固定分散で確保していて落ちたとき、1個のハーケンが抜けただけでは大丈夫で、2個とも抜けたときに事故になる。荷重分散により1個目のハーケンが抜ける確率は1/20(5%)に下がると仮定する。2個のハーケンが抜ける確率は
1/20 * 1/10 = 1/200 = 0.5%
つまり事故になる確率は1箇所のときより1/20下がる。

流動分散も、正しく行っていれば同様の計算で同程度の確率になるが、流動分散のやり方を間違えてスリングを捻らなかったとき、2つのハーケンのどちらか1つが抜ければスリングからすっぽ抜けて事故になる。その確率は、両方とも抜けない確率を1から引けばいいので
1 – (1 – 1/20) * (1 – 1/20) = 9.75%
つまり事故の確率は、ハーケン1個のときと同程度になってしまう。

これらのことから「確保は2箇所以上の支点から正しく取る」のが如何に重要か分かる。

終了点でハンガーボルトで固定分散していたとき、ハンガーボルト1つが抜ける確率を1/100(1%)、固定分散の1個目は1/200とすると、
2個のハンガーボルトが抜ける確率は
1/200 * 1/100 = 1/20000 = 0.005%
ハーケンよりも事故の確率は1/100低い。

つまりハーケンならできれば3つは支点を取った方がよい。

リードで中間支点が抜けて事故になる確率

フリークライミングのとき
1ピッチの登攀で落ちる確率を1/10、中間支点のハンガーボルト1個が抜ける確率を1/100とし、登攀中の墜落で中間支点が上から2個以上抜けた時に事故になると仮定する。
1ピッチの登攀で墜落してハンガーボルトが2個抜けて事故になる確率は
1/10 * 1/100 * 1/100 = 1/100000 = 0.001%
1回の山行で10ピッチ登るとして、事故になる確率は
1 – (1 – 1/100000)^10 ≒ 1/10000 = 0.01%
冒頭に述べたリスクの許容範囲0.02%以内に収まっている。

アルパインクライミングのとき
1ピッチの登攀で落ちる確率を1/10、中間支点のハーケン1個が抜ける確率を1/10とする。
1ピッチの登攀で墜落してハーケンが2個抜けて事故になる確率は
1/10 * 1/10 * 1/10 = 1/1000 = 0.1%
1回の山行で10ピッチ登るとして、事故になる確率は
1 – (1 – 1/1000)^10 ≒ 1/100 = 1%
これはリスクの許容範囲を超えている。言い換えると「落ちるかもしれないグレードのアルパインを登ってたら数年の内に事故る」ということ。

許容範囲の0.02%に収めるには、落ちる確率を1/500に減らす必要がある。
つまり、登攀スキルを上げるか、登攀グレードが低いルートを選択して、500回登って1回落ちるかどうかのレベルにすればいい。よく言われる「本チャンは落ちないのが前提」、「2グレード低いルートを登れ」とはこういうことだろう。

他にも次のような方法で支点が抜ける確率を下げることで事故の確率が減る。
・支点を多く取る
・生木など丈夫な支点を選ぶ
・カムやナッツは確実に決める
・ロープの流れを良くして支点への衝撃荷重を下げる
・セルフビレイは衝撃吸収できるメインロープでとる

ビレイ

ビレイ、懸垂下降など他のシーンでも、同様に確率計算して事故確率が1/10万(0.001%)程度に収まればリスクの許容範囲となる。

ビレイの事故確率は
墜落する確率 * (ビレイをミスする確率 + 支点が抜ける確率)
になる。墜落する確率を1/10とすると、ビレイ1万回の内ミス1回程度に納めなければならない。登攀前の相互チェック、確実なビレイ操作が重要であり、落ちる前提のフリーではオートロックのビレイデバイスが効果的と言える。

懸垂下降

懸垂下降の事故確率は
懸垂下降をミスする確率 * バックアップのミス確率 + 支点が抜ける確率
になる。この式から分かるのは、バックアップすればリスクが劇的に下がるが、バックアップしないなら10万回懸垂下降してもミスしない熟練度が必要になる。懸垂下降ではミスが事故に直結するので、バックアップがとても重要だ。

まとめ

上記のような各シーンの事故確率を1/10万程度に抑えればクライミング全体のリスクが許容範囲となるが、過剰に対策して各シーンの事故確率を1/1000万とか1/1億まで下げる必要はない。むしろ過剰にすると時間浪費や重量増による疲労・落石・遭難等のリスクが増え、全体として事故確率が増加してしまう。バランスの取れたリスクコントロールが大事である。

これらの対策は結局、クライミング技術を教わるときによく言われることで、先代からのクライマー達の試行錯誤や経験から確立されてきたことだ。

現場ではこのような確率をいちいち計算している暇はないので、先輩方から教わったクライミングの基本を愚直にこなすことがリスクのバランスが取れたクライミングに繋がるだろう。